---2005冬・長野SKIツアー・そこには様々なハプニングが!---

 野沢・木島・戸狩 (1/28-31)


☆☆ INTRODUCTION ☆☆

平日夜の22時頃。会社の他部門のT課長から携帯に緊迫した様子の電話が入ってきた。

ヌマタイガー「はい。今長野にいますが何か起こりましたか?」

T課長 「・・・あ、今日休みだったのか。・・・じゃ、ゆっくり楽しんでね・・・・・もごもご・・・さ・・・い・・・・・あ・・・・・・く・・・・・・な・・」

プチ・・・・。切れた。状況をちゃんと聞きたかったのだが、自分がいなくても解決できそうな内容らしかったので、信頼できるやさしいT課長に全てを任せた。


☆☆ 1/28私鉄で長野へ出発 ☆☆

今年の長野スキーツアーは”やりたいと思っていることで、普段なかなか出来ないことを実現する”というテーマも含んでいる。そうだ!ヌマタイガー的やりたいことといえば・・・

新幹線なら2時間弱で行ける場所だが、

極力JR以外の私鉄を使って長野まで行ってみよう!!<−バカ

1/28AM11:00 神奈川県に果てしなく近い東京の片隅、雑色を出発。

1、雑色->泉岳寺(京浜急行本線)

2、泉岳寺->浅草(都営浅草線)

左下画像は東武浅草駅、右下は果てしなく狭くなってゆく東武浅草駅の先っぽ。なんで長野に行くのに浅草経由??

 

東武鉄道といえば、特急りょうもう号があるじゃないか。終点の赤城は、高崎の近く。長野に行くには何となく近くない?しかも子供の頃から乗りたくて、未だに乗っていなかった私鉄特急だったのだ。まるで初恋の相手とチューするくらいのドキドキ感だった。わっほわっほ。

3、浅草->赤城(東武特急りょうもう号)

赤城に到着すると、私を待っていたのは元京王井の頭線を走っていたステンプラカーだった。おお、なつかしや。

4、赤城->中央前橋(上信電鉄)

中央前橋からは徒歩で700M離れているJR前橋駅へ移動。乗り換え時間が20分しかなかったのでぎりぎりだった。JR前橋駅から高崎まではJR、高崎から軽井沢までは屈辱的にもJR長野新幹線を利用するしかすべはなかった。うう、この区間だけはJR以外の私鉄が無いのだ。下の画像は廃線となり雪が積もり放題の軽井沢から横川方面の線路の状況だ。

さて、軽井沢からは一応JR以外の私鉄(3セクだが)のしなの鉄道の長野行きで北上だ。流石にJRそのまんまの電車だ。でもクロスシート車が少なくなった現在旅情を味わうにはとっても満足できた。半自動ドアだったし。

4、軽井沢->屋代(しなの鉄道半自動ドア車)

このまま”しなの鉄道”に乗っていれば長野に行けるのだが、やはり純粋な私鉄に乗りたいので、屋代で下車。ここからは長野電鉄の支線に乗り換えることができ、遠回りだが長野まで行けるからだ。しかし電車は私の天敵である元営団日比谷線のアルマイト洗面器だった。うわ、更にアルマイト洗面器に赤の帯がっ!子供の頃車窓を見たくてもドアの窓が高いところにあって、外の流れる景色が見えなかったにっくき車輌だ!ま、まさか自社発注車輌が多かったあの長野電鉄は全てアルマイト洗面器になってしまったのか?そうであれば、すごくショックだ。

5、屋代->須坂(長野電鉄アルマイト洗面器線)

乗りたくないアルマイト洗面器で40分もかかって須坂に到着した。ここは長野電鉄の車庫があり分岐駅でもある。下り方面は湯田中温泉、上り方面は長野まで通じている。本来は終点の湯田中まで行ってから長野へ出る予定だったのだが、車庫には2輌編成の赤帯アルマイト洗面器がうじゃうじゃしてるじゃんか。湯田中行きは1時間後。須坂駅ホームで待っていると途中止まりの信州中野行きの電車が来た。3輌編成の赤帯アルマイト洗面器だった。がっかりした。湯田中までアルマイト洗面器かよ。あと1時間も湯田中行きのアルマイト洗面器のために極寒のホームで待つ意味があるのか?長野だ。湯田中はやめて長野へ出よう。

駅の放送が流れた。間もなく長野行きが到着します。ホーム先端の漆黒の闇から現れたのはアルマイト洗面器ではなく、りんごちゃんだった!!うおおおおお、さすが長電!ちゃんと現役で本線にりんごちゃんを使っているではないかっ!これだ、これに乗るためにわざわざ遠回りしてきたんじゃないかっ!もう湯田中まで行く必要は無くなった。りんごちゃんーーー。

乗ってみると屋根が丸くなっている。長野電鉄では元々特急用としてブイブイ言わせてきたこの名車、全席クロスシート。ドアの閉まる音。「グワラグワラグワラ・・・・グワッシャン」閉まるのに3秒くらいかかる。これぞ長年求めてきた音だ。じゃ、じゃあモーター音も昔ながらの釣り掛け駆動なのか?ワクワクした。残念ながら下回りは取り替えているらしく、ドアの閉まる音よりも静かな走行音だったが、アルマイト洗面器に占領されてしまったと思った直後、身震いした。

6、須坂->長野(長野電鉄りんごちゃん線)

満足ながら結局予定より2時間近くも早く長野に到着してしまった。この後は22:40発JR飯山線で信濃平へ行き、名古屋コーラ人さんと合流することになっている。まだ20時前だ。長野で待つ3時間をどうしよう?ん、3時間か?3時間といえば居酒屋で丁度よく飲める時間じゃんか。

とゆーことで、人生3回目位の”一人で居酒屋”を決行した。そしてその時にINTRODUCTIONで書いたT課長からの電話が入った訳だ。(やっとINTRODUCTIONとストーリーが繋がった。ふぅ。)

今回のスキーツアーのテーマ”やりたいと思っていることで、普段なかなか出来ないことを実現する”は個人的にはこの時点でもう十分に達成した気がしたし満足もしたのだが、神様はそれだけでは許してくれなかった。これから3泊するこのツアーで、”やりたくないと思っていることで、普段なかなか出来ないことを実現するという方向にテーマが変わっていってしまったのだ!恐ろしや。


☆☆ 一人で居酒屋 ☆☆

”一人で居酒屋”を決行したヌマタイガー。一人で行くとやはりカウンターに案内される。隣にはサラリーマン二人が気持ちよく会社の話をしていた。先輩らしい人が説教し、年下らしい人は「でも、それは違う!」って口答えしていた。まあそこらへんでもある当たり前の普通の光景だ。くどいようだが、せっかく長野まで来たのだから

普段なかなか出来ないことを実現”したいものだ。

彼らは居酒屋会計の伝票を見て、「5万4千円だ」ってな会話で去っていった。なんかおやじギャグが苦痛になる若者の気持ちがよくわかる会話だった。うう。

彼らが帰る時、とあるおっちゃんが一人で入ってきて隣に座った。店員さんに沖縄の話をしてから、焼酎をロックで飲みだした。沖縄の話ならヌマタイガーは十分に話題ストックがあるので、おっちゃんにまずは沖縄の話題から話しかけてみた。

その後おっちゃんといろいろ話して意気投合しているうちに、概ね3時間が経過、信濃平への列車が出るころだ。こんなに楽しいおっちゃんとはまだまだお話をしたかったけど残念!握手して居酒屋を出た。そして長野22:40発飯山線に乗った。あと1時間で無人駅の信濃平に着く。そこまでたどり着けばコーラ人さんが車で迎えに来てくれる手筈になっていたのだ。無事コーラ人さんと合流でき、宿まで到着できた。

これもくどいようだが、この後、

”やりたくないと思っていることで、普段なかなか出来ないことを実現する

なんてことになるとは思いもしなかった。


☆☆ 1/29るーさんの苦悩 ☆☆

コーラ人さんと一緒に宿に到着。深夜2時頃に東京からの車組み4人が到着する予定だったので、宿の鍵を開けるために起きている必要があった。しかし長野のおっちゃんと飲んだ「魔王ロック」は1時頃には「睡眠大魔王」を呼び寄せていた。無鳴動携帯を近くに置いていたのだが、畳の上のバイブ音ごときに負ける睡眠大魔王ではなかった。2時過ぎ4人にたたき起こされて睡眠大魔王は去っていった。4人がどうやって入れたのか、私は未だに知らない。(たぶんコーラ人さんに電話して開けてもらったのだろう)

さて、夜が明けてから野沢温泉スキー場まで車で移動し、夕方までたっぷり滑って宿に帰った。この日夕方5時半頃に鉄道経由でるーさんが飯山線信濃平駅に到着し、合流する予定だったので、るーさんお迎えクルーが車で信濃平駅へ出発。30分ほどして彼らは帰ってきたが、るーさんがいないぞ?無人駅の信濃平駅、列車は2-3輌程度、乗降車は多くて数名しかいない駅なのに、彼らはるーさんを見つけられなかったという。

何故だぁ?

一方るーさんの数時間前からの状況---->

長野駅に到着したるーさんは、本数の少ない飯山線を待合室で雑誌を読んで待っていた。ふと気づくと、乗るべき列車が発車してしまったことに気づいた。次の列車はあと1時間半経たなければ来ない。あわてて改札を出た。この時に長野->信濃平までのJR乗車券は自動改札に吸い込まれてしまった。そして自動車レンタル屋に行った。レンタル屋のオヤジは、信濃平だったらタクシーに乗れば30分くらいで行けるよって言った。それを信じたるーさんはタクシーに乗った。高速もあるが、運ちゃんは一般道を選んだ。しかし市内は大渋滞だった。

<----るーさんの状況終わり

るーさんお迎え組みが帰ってきてから、コーラ人さんがるーさんの携帯に電話してみた。繋がった。るーさんはタクシー迷走中だった。

コーラ人さん「今どこまで来ている?」

るーさん「・・・やっと飯山市内・・・」

コーラ人さん「メーターいくらになった?」

るーさん「・・・いちまんさんぜんえん・・・」

宿の食卓でるーさんを待っていると、19時過ぎてやっと彼が到着した。タクシー代は1万4千円にもなってしまったという。皆に大笑いされた挙句、この時からるーさんのあだ名は”1万4千円”になってしまったのだ。本人からすれば、レンタル屋のオヤジが言った30分を信じて、数千円で済むだろうし、約束の時間にも間に合うだろうと思って行動した結果だったのに。

るーさんが合流して7人、夕食後はとっても楽しくお酒タイム。もちろん話題の大半は1万4千円。違う話題になっても、誰かが1万4千円の話題に戻してしまう。なんて可哀想なるーさんなんだろう。

この時”やりたくないと思っていることで、普段なかなか出来ないことを実現したるーさんであった。

そして、深夜2時頃になって寝る前にトイレに行ったら、雨が降っている音が聞こえた。実はこの雨の音が、この後生命の危機をもたらす程の緊迫した大事件を引き起こす警鐘だったとは、誰も予想すら出来なかった・・・・。


☆☆ 1/30しーさんの危機 ☆☆

3日目は朝食後、木島平に向けて車で出発しようとした。が、車は雪に埋もれていた。昨晩雨の音が聞こえた気がしたが、大寒波が到来、例年まれに見る大雪となっていたのだ。皆で車の雪下ろしをして、出発。木島平スキー場に行くには飯山市内を超え、くねくねした坂道を登って行く。そのS字カーブの途中で上下2車線の登り側の車線が渋滞していた。全く動かない様子だ。見えないが上の方でスリップ事故でもあったかのような感じだった。しばらくすると下り車線を車が下りてきた。うわ、この車タイヤが回ってないぞ!スリップしたまま制動が利かなくなって滑り落ちてきているのだ!しかも車の角度がどんどん横向きになっている。

自分達の車の真横でその車は逆側の2メートルの雪壁に激突、反動で跳ね返ってきた。後ろに停まっている車のフロント脇に直撃し、バックミラーを破壊し、更に下へ下へと落ちていった。続いて上方からは更にもう一台滑り落ちてきた。以前アメリカのスリップ事故の放送があったが、そのまんまだ。速度こそ遅いが車の角度が変わると、滑り落ちる方向も急に変わり、予想できない方向に向かってくるのだ。しかもここはS字カーブが連続している。2台目のスリップ車は雪壁以外に衝突することもなく過ぎて行った。ふぅ。

我々の運転手のコーラ人さんはこの光景を見てすぐにスタッドレスタイヤにチェーンを装着するために車の外へ出た。さすが状況判断が早い。しかしここからの行動がいけなかった。同乗者6人全員車の外に出てしまったのだ。雪の粉でふわふわ感があるように見えるこの道路の実態が極度のアイスバーンになっていたことも知らずに・・・。たぶん深夜に少し雨が降った後に気温が下がり大雪になったのだろう。

そして車外へ出てそんな罠のようなアイスバーンに足元をすくわれた”しーさん”はすぐに下り車線を阻むように後ろ向きにすっころんでしまった。他の6人は「やれやれ」と思ったが、硬いアイスバーンに後頭部を打ったしーさんは、意識はありそうだが倒れたまま立ち上がってこない。まさか脳震盪 なのか?

こんな状況で更なる危機が!

時を同じくして上から下り車線を滑り落ちて来る3台目のスリップ車が!しーさんは下り車線を阻むように仰向けに倒れたままだ。このままでは笑い事では済まなくなる!もう数メートルの所までスリップ車は接近している!

この時自分は一番しーさんの近くにいたので、とっさにそばにいた仲間2人と坂の下側にある”しーさん”の頭を、回転するように登り車線に引っ張り上げた。一人が顔を保護するように覆いかぶさった。もはやスリップ車は約1メートル手前まで接近していた。その前輪の軌道は確実に下り車線側に残された”しーさん”の足へ向かっていた。足を登り車線側に思い切り引っ張った。しかしその横には自分達の車が停まっているので、密着するように寄せるしかすべが無かった。スリップ車の前輪がしーさんの足の数センチ横を通り過ぎた。踏まれなかった。だがこれでも安心できる状況ではなかった。スリップ車の後輪が回転するようにこちら側に迫ってきたのだ!

しーさんの足を登り車線側に引き寄せた時に力を入れるため、自分も足を折り曲げて坂下方面に倒れるような体制だったのでもう逃げることはできない。一瞬あきらめた。しーさんも自分ももろともスリップ車の後部と自分達の車に挟まってしまう。

この時、

”やりたくないと思っていることで、普段なかなか出来ないことを実現した我々であった。迫ってくる車の後方を手でとっさに下り車線側に押したのだ。よく滑るアイスバーンのおかげで、車の後輪は軽くスライドしていった。その代わり前方は角度を変えて我々の車にかすったが、そのまま下へ落ちて行き、渋滞で停車している車に衝突して停まったようだ。

大分長く書いてしまったが、実際には数十秒の出来事だった。危機は回避された。直後しーさんはこの状況の危険度を全く理解できていなかったようだったので、やはり脳震盪だったようだ。心配したが、脳震盪は少し車の中で休んだら回復した。

▲事故直後坂下方面の図。右が我々の車、スリップ車はこの車の後方をこすった訳だから本当に生命の危機だったことが分かる。左の車は滑り落ちてきて停まったものの、動くとスリップしてしまうため立ち往生となった4台目 。

この後プロ運転手のおかげでこの場から脱出に成功、難なく木島平スキー場に到着した。コーラ人さんの判断能力と運転技術には全員が感服した。

さて、スキーツアー3日目はこうして始まったが、皆で決めていた木島平でのスキー終了時間1時間くらい前に、駐車場付近のゲレンデで私を呼ぶ声が聞こえた。先にスキーを終え温泉に行っていたコーラ人さんだった。

コーラ人さん「事件が発生した。皆に早めに駐車場に戻るように伝えて欲しい。」


☆☆ 事件の真相 ☆☆

コーラ人さん「事件が発生した。皆に早めに駐車場に戻るように伝えて欲しい。」

車に集合した我々は「事件」とは何なのかを知った。今回は参加しないはずだったHIDEさんが名古屋から信濃平まで来ているということだった。ん?でもこれは突然の知らせという部類で、別に事件ではないにゃ。

何故これが事件なんだ?

その訳はHIDEさんの信濃平までの交通手段にあった。何と彼はこの豪雪の信濃平にノーマルタイヤのマークUで来てしまったという。スタッドレスでさえスリップ事故が連発のこの地でノーマルタイヤとは。宿までの坂道は絶対走行は不可能だ。ノーマルタイヤでは平地でも一旦停車してしまうと、発車の際はタイヤが空回りして30度斜めに傾きながら動き出してしまう。危険すぎるので雪の無い長野付近まで戻ってもらいパーキングに駐車。そこまでコーラ人さんが迎えに行くことになった。結局事故になる前に単なる事件で済んだ。良かった良かった。

さてさてコーラ人さんがHIDEさんを迎えに行っている間、3日目で東京に帰るTさんをJR信濃平駅に送るために、もう一台の車が出発した。無人駅の駅前駐車場には雪が降り積もっている。駐車してあった車はもはや大きな雪の塊になっていた。

▲信濃平駅。改造された旧貨物列車の乗務員車輌"ヨ"が待合室になっている。

こうして苦悩やら危機やら事件やらは起こったものの、全員生存したまま3日目も過ぎていった。明日は4日目最終日。しかぁーし、4日目にこのツアーで最大の悲劇がまだ誰かに降りかかろうとしていた・・・。

次の犠牲者は一体誰だぁ?・・・・


☆☆ ゲレンデ ☆☆

そういえばスキーツアーというタイトルなのに、実際にスキーをやっている話がほとんどないじゃないか。本当にスキーをしに行ったのであろうか?とっても怪しい。という方のために今回唯一晴れていた野沢温泉スキー場の証拠写真をば。(photo by Tさん)

▼野沢温泉鋼索鉄道、のざわ菜線。

上りの乗客はいても下りの乗客はめったに居ない世紀のミステリー路線だ。乗客はいったい何処へ消えていくのだろう?

▼新雪に消えてゆくスキーLINE。

太陽に向かって一人のスキーヤーが消えていった跡。このスキーヤーがどこに行ったのかは誰も知らない。

▼パラダイスゲレンデ上部から日本海を望む。

画像右のレストハウスは次郎小屋。毎年必ずここで昼食を採る。今回ヌマタイガーは大名カツ丼を食べた。そして次郎小屋の辺りに缶ビールを多数埋めておくのも毎年恒例になっている。

▼野沢から雄大な斑尾方面を展望!

あっ、こんな所にも謎の野沢温泉鋼索鉄道、のざわ菜新線が!

▼ゲレンデの様子。

広くてなだらかな平坦コースが好き!

さて、いよいよ明日は4日目最終日。誰かに降りかかる今ツアー最大の悲劇とは一体?


☆☆ 証拠写真 ☆☆

ところでBBSにて”本当にヌマタイガーはスキーをしに行ったのか???”との疑惑が持ち上がってしまったので、ここで証拠写真をば。うっ、しかしこれでは顔が見えん。雰囲気が似た他人かもしれない。しかしこの肩からかかる黄色いLINEをよぉーく見て欲しい。こいつは次郎小屋付近に埋める大量のビールを運ぶための、後ろから見ると黄色信号機のようなスペシャルグッズ”きろりん”だ。これを背負って滑るアホンダラはヌマタイガーだけだ。間違いない。

こいつを背負ったままリフトに乗ると、その体積によってリフトの座席に座れる部分が前半分になってしまうので、高い場所で突然リフトが停止し、大きく前後に揺れた時は結構デンジャラスな気分を味わえるものだ。そんな時は必死こいてポールにつかまっているが。

PS.こうして恐怖に打ち勝ち運んだビール(今回は発泡酒8本とペプシ1本でした)を飲んだ皆さんには毎回感謝されているはずだ。(たぶん)


☆☆ 1/31HIDEさんの悲劇 ☆☆

最終日は戸狩温泉スキー場へ。普通月曜は空いているものだが、今年のゲレンデは学生達で賑わっていた。スキーは3時半に上がって一旦宿へ。ここからは帰路になる。名古屋チームと東京チームの2台だ。途中信濃平駅で電車で帰る”るーさん”を降ろしていざ高速へ。名古屋組のHIDEさんは長野市内のパーキングで自車のマークUに乗り換え、長野から東京方面1台、名古屋方面2台に分かれた。

--東京方面組の車内模様--

長野から東京方面に向かう途中は長いトンネルが多い。長いトンネルの中には”出口雪”という看板が多数ある。”出口雪”って日本人女性の名前みたいだな。出口って昔巨人にもいたよね。なんてオヤジギャグ的な会話の車内。

--名古屋方面組の車内模様(想像だが)--

・・・・!まずい、あの看板は、・・・・

しばらくしてヌマタイガーの携帯に電話がっ。HIDEさんからだった。

HIDEさん「名古屋に帰れなくなった。伊北から先がチェーン規制になっている。東京方面はどう?」

      (HIDEさんの車はノーマルタイヤで雪装備がまったく無いのだ。)

ヌマタイガー「雪は降っている箇所もあったけど、気持ちよく突っ走ってますよー。」

HIDEさん「じゃあ東京経由で帰るので、どこかで合流しよう。また電話します。」プチ。

・・・・長野から名古屋に帰るのに東京経由?しばらくしてまたHIDEさんから電話が。

HIDEさん「途中が豪雪らしくてもうこのまま名古屋へは進めなくなった。合流はできそうにないけど東京経由で帰ることにしたよ。そっちも気をつけて帰ってね・・・・(諦めと絶望感漂う声だった)」

・・・・やはり東京経由で帰るらしい。長野、東京、名古屋といえばその3点で正三角形を描けるような位置だ。高速に乗って直線で行けばそれぞれ5時間くらいかかるが、東京経由で名古屋ということは倍の10時間かかるということになる。ううう、大変なことに。

結局HIDEさんは中部縦貫道+国道52号を使った静岡経由で無事故で帰ることができたらしいが、家に帰れたのはAM2:00頃になってしまったという。ちなみに東京車組みはPM8:00過ぎに関越終点の練馬到着、江戸川区民のM運転手以外の3人は板橋区ときわ台の居酒屋で宴会開始。昨日先に帰ったTさんとも合流できた。そして江戸川区に到着したMさん車の屋根には長野の雪の塊がまだ残っていたという。長野の雪はすごかった証拠だ。

さて、ときわ台で宴会を始めた4人。いつしか時間はPM11:00を過ぎていた。2人はときわ台住民、1人は東武東上線沿線だから終電にさえ間に合えば心配は無い。しかし一番気持ちよさそうに飲んでいるヌマタイガーは、この後大田区までちゃんと帰れるのか?しかしヌマタイガーはこんなことを皆にほざきだした。

「タクシーで板橋区から大田区まで環七で帰ったら、いくらになるのか試してみたいっ!!」<-バカ


☆☆ ミッドナイトタクシー ☆☆

普段なかなか出来ないことを実現してみたい”というスキーツアーの締めくくりは、板橋区ときわ台から大田区雑色までの東京大縦断タクシー移動となった。ときわ台駅前でタクシーに乗った。初老の運転手だった。

マタイガー「蒲田までお願いします。」

タク運ちゃん「どうやって行きます?」

ヌマタイガー「環七でも高速でもいいですよ。」

タク運ちゃん「・・・・・田端まで行くんじゃないのかい?」

マタイガー「大田区の蒲田です。」

聞き間違えるのも無理の無いことだ。ときわ台から蒲田までタクシーを利用するあほんだらはめったに居ないだろうし、発音の似ている田端なら一般的にタクシーを利用しうる距離にあるからだ。

こうしてタクシーは蒲田目指して出発した。初老の運転手は途中で幽霊の話を始めた。

タク運ちゃん「ここらへんは良く出るんですよ。私も数回見たことあるんですが。道の上にね、白い人影が。あっはっは。」

ヌマタイガー「環八ならお寺壊した場所もありますしねー。あそこにも出そうですねー。あっはっは。」

幽霊話で大笑いしているうちに大森に近くなった。

タク運ちゃん「昔はこの辺をよく走ったものですよ。大森海岸の線路下で休憩してねえ。懐かしい場所ですよ。」

初老の運転手は蒲田周辺の道路にも詳しいようだった。そして雑色に到着。メーターは10260円だった。るーさんに負けてしまった。タク運ちゃんは長距離がとっても嬉しかった様子で、端数をまけてくれた。10000円ぽっきりを支払い我が家に到着したヌマタイガーであった。

--スキーツアー模様・完--